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大阪高等裁判所 平成3年(行ス)2号 決定 1991年6月06日

抗告人 大津静夫 ほか二七名

相手方 内閣

代理人 高山浩平 小久保孝雄 高橋利幸 北村博昭 山崎徹

主文

1  本件抗告を棄却する。

2  抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は、別紙即時抗告申立書、即時抗告申立補充書及び反論書に記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

閣議決定は、一般的には、合議体の国家機関である内閣の意思決定であって、その自体が外部に効力を及ぼして国民の権利義務ないし法的利益に直接影響を与えるものではない。本件閣議決定は、「政府は、自衛隊法(昭和二九年法律第一六五号)第九九条の規定に基づき、我が国船舶の航行の安全を確保するために、ペルシャ湾における機雷の除去及びその処理を行わせるため、海上自衛隊の掃海艇等をこの海域に派遣する。」というものであって、右派遣を実現するに当たっての具体的な事項も定められておらず、掃海艇等を右海域に派遣するか否かについての内閣の意思を決定したものにすぎないとみるべきであり、本件閣議決定をもって行政事件訴訟法第三条にいう行政庁の処分その他公権力の行使に当たると解することはできない(なお、抗告人らは、本件閣議決定が関係行政機関に対する命令或いは海外派遣の直接の指揮である旨主張するが、前記のとおり本件閣議決定においては本件派遣を実現するに当たっての具体的な事項が定められていないことに照らすと、抗告人らの右主張のように解することも困難である。)。したがって、本件閣議決定の効力の停止を求める申立ては不適法であるといわざるを得ない。

右と同旨の原決定は相当であって、本件抗告は理由がない。よって、本件抗告を棄却し、抗告費用は抗告人らに負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判官 大久保敏雄 妹尾圭策 亀田廣美)

即時抗告申立書

申立の趣旨

一、原決定を取り消す。

二、被申立人が、一九九一年四月二四日閣議において、海上自衛隊掃海艇母艦一隻、掃海艇四隻、補給艦一隻をペルシャ湾に派遣するとの決定は大阪地方裁判所平成三年(行ウ)第三一号自衛隊掃海艇派遣閣議決定処分取消等請求事件の判決確定まで、その効力を停止する。

との決定を求める。

申立の理由

一、原決定の理由

原決定は「執行停止の対象となるのは、行政処分の効力、その執行又は手続の続行である(行政事件訴訟法二五条二項)が、申立人らがその効力の停止を求める閣議決定は、合議体の機関である内閣の意思決定であって、これが行政処分にあたると解する根拠はない」との理由で申立を却下した。

二、ところで、右閣議決定の内容は、新聞報道によると、政府声明として発表されているもののみであるが、それによると、「政府は本日、安全保障会議、閣議において自衛隊法九九条に基づく措置として、わが国船舶の航行の安全を確保するために、ペルシャ湾における機雷の除去及びその処理を行わせるため、海上自衛隊の掃海艇等をこの海域に派遣することを決定した。」とあり、この「閣議決定」を受け池田防衛庁長官は同夜、佐久間一海上自衛隊幕僚長に掃海艇などを二六日に出港させるよう命令した」(四月二五日毎日新聞朝刊)。この事実関係をみると、閣議決定自体が防衛庁長官の幕僚長に対する命令の根拠となっている。自衛隊法三条は、自衛隊機の任務を定め、同七条は内閣総理大臣の指揮監督権を規定しているが、今回の掃海艇派遣について、内閣総理大臣の「指揮」という報道は一切なされていない。この理由は今回の掃海艇派遣は自衛隊法九九条に基づくもので第三条の任務出動ではないという解釈をとって自衛隊法の雑則に基づく日常業務としての取扱いをなしているからであると考えられる。しかし、いかに日常業務と強弁しても、はじめての海外派遣を防衛庁長官が自らの判断でなしうるわけではなく、本件閣議決定による命令がなければ防衛庁長官は指揮をなしえなかったものである。

三、行政処分とは、法が認めた優越的地位に基づき、行政庁が法の執行としてする権力的意思活動を指し、その代表的なものは行政法上の法律行為あるいは準法律行為たる性質をもつ行政処分であるが、それにとどまらず、行政庁が一方的に行う事実行為的処分で、相手方の権利自由の侵害の可能性をもつものを含むと説明されている(杉本良吉『行政事件訴訟法の解説』九頁 昭三八法曹会)。本件閣議決定は、単なる意思表示ではなく、各行政各部に対し、掃海艇を派遣するという命令をなしたものであり、明らかに行政処分である。現実の指揮行為が防衛庁長官であっても、本件閣議決定はその防衛庁長官に対する命令である。

四、よって、原決定の理由は全く根拠がなく、すみやかに取消されるべきである。

即時抗告申立補充書

右当事者間の御庁平成三年(行ス)第二号自衛隊掃海艇派遣指揮執行停止即時抗告申立事件について、申立の理由を次のとおり補充する。

一、閣議決定の内容

平成三年四月二四日内閣閣議決定の内容は左記のとおりである。

政府は、自衛隊法(昭和二九年法律第一六五号)第九九条の規定に基づき、我が国船舶の航行の安全を確保するために、ペルシャ湾における機雷の除去及びその処理を行わせるため、海上自衛隊の掃海艇等をこの海域に派遣する(<証拠略>)。

二、右決定内容をみても明らかなように、単なる意思表示ではなく、具体的に目的任務場所及び自衛隊のいかなる部隊かを規定して指揮した具体的処分である。自衛隊の海外派遣は公知のように憲法及び自衛隊法の解釈をめぐり鋭い対立が存在するが、今回の閣議決定は自衛隊法の改正手続すらとることなく、海外派遣にふみきったものである。即時抗告申立書においても述べたように、自衛隊法第九九条という雑則に存在する規定をもってはじめての海外派遣をなしたものであるが、防衛庁長官の単独の判断と指揮においてかかる重大行為をなしうるわけではなく、内閣は手続的にも法改正という手続をとらず、かといって、防衛庁長官の責任でなしうる事ではないことを認めたうえで、行政権の最高機関たる内閣の閣議決定をもって海外派遣の直接の指揮をなしたとみなければならない。よって、原決定はこの具体的な指揮命令関係についての判断を誤っており、直ちに取り消されるべきである。

反論書

右当事者間の頭書事件について、被抗告人の平成三年五月一五日付意見書に対し、抗告人らは、次のとおり反論する。

第一、本件閣議決定の命令性

一、本件閣議決定の内容は即時抗告申立補充書のとおりである。この閣議決定は、合議体の機関たる内閣の意思決定であるとともに、内閣総理大臣を法的に拘束する命令性を有している。内閣法第六条は「内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針に基づいて、行政各部を指揮監督する」と規定し、内閣総理大臣が行政各部を指揮監督する内容を決定する効力を規定している。

二、具体的事実関係は新聞報道によれば次のとおりである。

五月一八日の朝日新聞朝刊(<証拠略>)は、四月二四日午後八時すぎ、首相官邸に「両そでに金モールのついた黒地の制服姿の佐久間一海上幕僚長が、池田行彦尾防衛庁長官とともに、海部俊樹首相の執務室に入った」。首相は「これは歴史的に非常に大きな出来事だ。自衛隊は、災害救援などを通じて国民の理解を得てきた。今回の任務を通じて、やはりそうした理解を得られるよう、訓練の成果を発揮してほしい」と述べ、幕僚長は「全力を尽して任務を達成します」と述べた状況を報じている。事実行為としては四月一五日の朝に海部首相は池田防衛庁長官に掃海艇派遣にふみきる事を伝えており(<証拠略>)四月二四日になされた右会見の趣旨は明確であり、正に内閣の閣議決定自体が具体的処分であることを示している。

第二、抗告訴訟の対象たる処分性

一、被抗告人の意見書は、執行停止の抗告をなしうるための手続的要件として「行政処分」の存在を要求していると主張しているが、これは正確ではない。行政事件訴訟法第三条二項は「行政庁の処分とその他公権力の行使に当たる行為」と定め、これは講学上の「行政処分」ばかりでなく、行政処分ではないがこれに準ずる「その他公権力の行使に当たる行為」をも取消訴訟の対象とすることを示しており、両者を合わせて「処分」と呼び、抗告訴訟の対象となることを処分性があると表現している。同法第二五条も「処分」と表現し、講学上の行政処分に限定していないことを法文上より謙虚に解釈すべきである。

二、最高裁の昭和三〇年一月二四日の判決が、被抗告人が主張する表現を使用している事はそのとおりであるが、この判決の立場は、旧行政事件特例法時代の解釈にひきずられ、保護の対象を特定個人の「自由と財産権」のみを念頭におき、しかるうえで、処分庁と行政行為の直接の相手方たる特定の個人が行政行為の適否を争うという内容の訴訟のみを想定した前時代的判決であることに注意すべきである。この判決の踏襲の結果は、行政訴訟における「処分性」と「原告適格」の著しい狭小化をもたらし、国民の裁判を受ける権利(憲法第三二条)を行政訴訟において実質的に否定するに近い結果をもたらし、多くの学説の批判をあびている。

三、ひるがえって、行政訴訟の特色は通常の民事訴訟によっては代替しえない点に存在している。民事訴訟においては権利主体たる紛争当事者が実体的な権利義務の存否をめぐって争うという当事者訴訟の構造を有しているのに対して、取消訴訟は下級官庁の行政行為に対する上級官庁への不服抗告(訴願)が司法形式化したものであり、行政行為の適法性の統制を通して原告の権利・利益の救済を図るという訴訟構造をもともと有していた。したがって、通常の民事訴訟と区別され裁判制度において取消訴訟の有意義性が認められる特色は、行政行為の適法性を司法的に統制することによって原告の「権利・利益」の保護を図る点に存在しており、ここにいう「裁判・利益」は「自由と財産権」に代表される既存の権利カタログに限定される必要はなく、広く違法なる行政行為によって毀損される「権利・利益」が対象となるものである。この「権利・利益」については後に述べるところであるが、ここでは、現憲法により保障された国民の国家に対する「権利・利益」は、「自由と財産権」に代表されるような「自由権基本権」にとどまらず、「生存権的社会権的基本権」、民主主義に基づく「請求権的基本権」及び、第二次大戦の悲惨な結果という歴史的事実によって新たに発生した「平和的生存権もしくは利益」「戦争に加担させられない権利もしくは利益」並びに、国際関係の密接化により個々人に問われるに至った「日本国民たる名誉権もしくは利益」が具体的に存在している事を指摘するにとどめる。

四、以上のように、取消訴訟の対象たる「処分性」は、「権利・利益」保護要件と表裏一体の関係にあり、被抗告人のいう「対外的行為」といわれている問題も相対的問題である。最高裁は通達について行政組織内部における命令として処分性を有していないとしてきたが(昭和四三年一二月二四日 民集二二巻)、その後の東京地裁判決において「通達そのものを争わせなければその権利救済を全からしめることができないような特殊例外的な場合には」取消を求めることができると判示した(昭和四六年一一月八日 行集二二巻)。右東京地裁の判決はいわゆる紛争の成熟性すなわち行政庁の行為の最終性の問題とも関係して通達そのものを対象にしていると解せられるが、本件においても、本件処分は最終性を有しており、これ自体を争わなければ抗告人らの「権利・利益」を守ることはできないものであるから、この観点からも「処分性」の要件は完全に具備しているというべきである。

第三、「権利・利益」の保護要件

一、取消訴訟の民事訴訟と区別される有意義性は既に論じたように、行政行為の適法性を司法的に統制することによって原告の「権利・利益」を保護することにある。行政行為の違法性が巨大であればあるほど、司法的統制の必要性が増大することは三権分立原則から当然に導かれる帰結である。三権分立とは三権相互の不干渉を意味するものではなく、逆に「チェック・アンド・バランス」がその本質的意義にあり、その目的は国民の権利侵害を国家権力相互の力の抑制により未然に防止することにある。

二、本件処分の違憲・違法性については申立書において詳しく論じたところであるが、行政権の最高機関たる内閣が憲法にもまた自衛隊法にも違反する決定処分がなされるという事態は、政党政治として多数政党たる自由民主党が指導する行政機関の最高機関が多数の力によって違憲・違法行為を敢行するという法治主義を否定したいわばクーデター的力の行使である。国家政治の場において多数政党に指導された国家機関が違憲・違法行為を敢行する場合、その行為を阻止して合法的行為に回復せしめる力は政治の現場には存在しない。現に本件処分行為はいかなる政党も阻止することはできなかった。このような場合憲法秩序を保障されるという国民の権利・利益は、ただひとつ司法裁判において保護せられる以外に方法がない。

三、抗告人らが主張する平和的生存権や戦争に加担させられない権利並びに日本国民たる名誉及び良心の自由に対する権利・利益も、憲法秩序を国家権力が守る場合には、憲法秩序体系において保護せられているため、あえて個別的権利として意識せられることは少ないと考えられる。しかし、いったん多数政党の指導により国家権力の行為として右権利・利益が侵害されもしくは侵害される危険性が発生した場合には、明確な個別的権利・利益として自覚され、法的権利・利益として具体的化される。この属性は一般の他の権利の属性と同様である。例えば、所有権についての意識とその主張の具体的内容は侵害される事によって明確に意識され、所有権の具体的発現形態は侵害される行為の態様によって具体的権利として発現する。例えば、所有権に基づく返還請求権なのか、妨害排除請求権なのか、という形で具体化されるものと同様である。

平和的生存権や戦争に加担させられない権利も、その侵害の態様、例えば、本件の如き自衛隊としての行為であればその行為の原因となった処分の取消しを、もしも、徴兵制たる法律の成立による徴兵行為であれば徴兵強制に対する物理的抵抗行為の法的正当性が権利・利益の具体的内容として成立する。

このように、憲法秩序に基づく権利・利益主張について、それをあたかも他の権利・利益と全く異なるかの如くに主張する見解は、諸権利の成立過程や具体的請求権としての形成過程を理解せず、新しい権利性が本質的に豊かな具体的請求権として形成せられるものであることをアプリオリに否定する。この見解は政治の腐敗性に対し法の無力を宣言することによって憲法秩序の破壊に自ら手を貸すことを意味している。

第四、まとめ

以上のように、本件訴訟に対する被抗告人の対応は、国家機関による憲法秩序の破壊という事態に対し、真剣に司法としていかに対応すべきかという観点をわすれ、新たな事態とそれにともなう新たな権利・利益の主張を一切理解しないものであって、なんら有効な主張とはみなしがたいものである。よって、すみやかに、豊かなる法的判断をいただきたい。

【参考】 第一審(大阪地裁 平成三年(行ク)第六号 平成三年四月二五日決定)

主文

一 本件申立を却下する。

二 申立費用は申立人らの負担とする。

理由

本件申立は、被申立人が、平成三年四月二四日に開かれた閣議においてした、海上自衛隊掃海艇母艦一隻、掃海艇四隻、補給艦一隻をペルシャ湾に派遣するとの決定の効力停止を求めるものである。

執行停止の対象となるのは、行政処分の効力、その執行又は手続の続行である(行政事件訴訟法二五条二項)が、申立人らがその効力の停止を求める閣議決定は、合議体の機関である内閣の意思決定であって、これが行政処分にあたると解する根拠はない。

したがって、その余の点について判断をするまでもなく、本件申立は不適法として却下を免れない。

(裁判官 松尾政行 綿引万里子 和久田斉)

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